失語症記念館
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第5回  隠喩と失語症

神戸大学医学部保健学科
 関 啓子

2005年3月:

 彼岸も過ぎて春が近いと感じさせる暖かい日があると思えば寒い日もあり,まさに三寒四温の毎日です。大学では先週ようやく後期日程の入試合格者が発表になり,これで来年度の入学者がすべて決まったことになります。受験生にとっては長く厳しい準備の期間だったことと思います。しかし,合格はゴールであると同時にスタートでもあるのですから,4月から気をゆるめずそれぞれの目標を目指して学んで欲しいと願わずにはいられません。
  毎年,合格発表の掲示板の前では悲喜こもごもの風景が繰り広げられます。自分の受験番号を見つけて飛び上がる人,友達や同伴の母親と抱き合って喜ぶ人を見れば,その様子から合格者とすぐわかります。その一方で,肩を落として静かに立ち去る不合格者の姿も印象的です。今ではインターネットによる合格発表が定着し,遠方の受験生もパソコンさえあれば合否がすぐ確認できるようになりました。しかし,かつて遠方への入試結果の知らせは「サクラサク」とか「サクラチル」という電報だったと聞きます。

 もちろん,「サクラサク」は合格,「サクラチル」は不合格を意味します。しかし,文章の文字通りの意味は桜の花が咲いたり散ったりすることであって,試験の合否とは何の関係もありません。それなのに,私たちはこの文章の間接的な意味がわかっているので,喜んだりがっかりしたりするのです。このような表現を隠喩と言いますが,考えてみると自分の気持ちを婉曲に伝えたい時などに,私たちはよくこのような言い方をしているように思います。
  右半球損傷の患者さんの中には,このような隠喩をはじめ,慣用句や文学的な表現を字義通りにしか理解できない方がおられます。いわゆる「言外の意味」がわからないことでコミュニケーションがうまくいかず,ひいては人間関係にひびが入ることすらあるのです。ほとんどの右半球損傷の患者さんには失語症がありませんから,このような言語の問題が生じることはちょっと不思議な気がします。しかし,右半球損傷によるコミュニケーション障害の最初の報告は30年以上も前のことであり,失語症に対する関心に比べればはるかに薄いものではありますが,この問題に対しても少しずつ研究が積み重ねられてきています。問題とされるコミュニケーション障害は,「言外の意味」理解の障害の他,話し方が冗長で本題から逸れやすい,ユーモアがわからない,些細なことにこだわる,自分勝手にいつまでも話す,視線を合わせにくい,など多岐にわたります。

 それでは,失語症者にはこのような問題がないのでしょうか?これまでの研究の多くは左半球損傷者よりむしろ右半球損傷者の方が隠喩や言外の意味の理解などのようなコミュニケーション障害を示すことを報告しています。このことから,右半球がこのような側面のコミュニケーション機能と密接に関わっていると考えられてきました(例えばJoanette, Y et al. Right hemisphere and verbal communication. New York, Springer-Verlag, 1990など)。最近では比喩の解釈課題遂行時における右半球の活性化をPETという画像によって示した報告もあります(Bottini, G et al. The role of the right hemisphere in the interpretataion of figurative aspects of language. A positron emission tomography activation study. Brain, 117: 1241-1253, 1994)。これらから明らかなことは,原則的に失語症がないはずの右半球損傷者でも相手の話を真に理解することは難しいという点です。しかし,右半球損傷の場合にはこのような側面でのコミュニケーション障害がみられ,左半球損傷の場合にはそれがないことを証明しない限り,この障害を直接右半球機能と結びつけることはできません。左半球損傷者では失語症のために課題自体が理解できない場合があり,また右半球損傷者では課題の提示方法によっては些細な点に注意が向いてしまうなどの困難を伴う場合もあります。したがって,左右半球損傷者に同じ課題を実施して結果を比較するという研究方法は望ましい方法と考えられるものの,実際上はなかなか難しい問題がつきまとうのです。
  事実,これまで右半球損傷者のコミュニケーション障害を示した研究においても,左半球損傷者には右半球損傷者が示したような理解障害が全くみとめられなかったわけではありません。つまり,左半球損傷によっても言語が直接指示する内容だけでなく,間接的に指示する内容の理解も難しいことが示されています。要するに,Gagnonらが主張するように左半球と右半球が協働してこそ言外の意味が理解できるという解釈が一番的を射ているのかもしれません(Gagnon, L et al. Processing of metaphoric and non-metaphoric alternative of words after right- and left-hemispheric lesion. Brain and Language 87: 217-226, 2003)。

最後に,第一生命が毎年公募しているサラリーマン川柳の昨年の優秀作品から上位3句を引用したいと思います。ご一緒に川柳の面白さを楽しみませんか。
  第一位 「課長いる?」 返ったこたえは 「いりません」
  第二位 「前向きで」 駐車場にも 励まされ
  第三位 やめるのか 息子よその職 俺にくれ

  

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最終更新日: 2005/03/28