失語症記念館
南イタリアの旅

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7.まゆみ、カタコンベへ!

2002年 4月:

 とうとう、カタコンベへ来た。カタコンベとはミイラにした遺体が並べられている地下墓地である。夫はなぜに君はミイラが見たいのかといぶかしがり、又恐れていたが、
「私がシチリアで一番に楽しみにしているのはミイラを見ることなんだよ!」という訳の分からない私の熱意というか強引さに負けて渋々とついてきてしまった。
私の愛用のガイドブックには観光地や名所の名前の横に星印が記されている。その数が多ければ多いほど人気スポットなのだが、カプチン派のカタコンベには星が一つしかなかった。まあ、時間が余って仕方がなかったら、そして怖いもの見たさの好奇心旺盛な方はどうぞという感じの案内であった。

 やはり人気がないのであろう。人がほとんどいない。そしてカタコンベの入り口は質素で地味な雰囲気。いざ、勇気を出して出陣!
 入り口を入ると受付というか椅子に2人座っていてテーブルの上に入場者が寄付を置くのを見ている。ここはお墓と言うことなのでにこやかな顔もできず少し真剣そうな顔をして、お金を皿の上に載せた。
 すぐに階段になって地下へ下っていく。物音は私と夫の石の床に響く足音だけ。外気温に比べてかなりひんやりしている。・・・寒いくらい。
「おお・・・・・・・・・・・・・・・」
あるある・・・・いや、いるいる。いやいや・・・沢山のミイラがおわしまする。

 それは本当に本当に沢山のミイラになった方々だった。壁という壁にミイラが掛けられている。ミイラの頭の上の方にフックのようなものが壁から出ていてそこに紐をかけて倒れないようにしているらしい。つまり壁掛けミイラである。ミイラの頭の上は何段もの棚になっていて、これまたミイラが横たわっていたり棺に納められている。
 大人もいるけれど赤ちゃんや子供のミイラも沢山いた。揺りかごに入っている赤ちゃんミイラもいる。ご両親はどんな気持ちでこの赤ちゃんを揺りかごに入れたのかと思うととても悲しい気持ちになった。

 死者との対面は自らの生を顧みるのと同じ行為だそうでキリスト教的価値観では瞑 想の場所になるそうだ。
 ミイラは皆素敵な格好をしていた。たぶん教会に行くときの礼拝用の礼服とか、結婚式のお呼ばれに着ていったであろう一張羅という感じの服を身につけていた。お婆さんがレースの沢山付いたブラウスを着ていたり、お爺さんのタキシード姿も珍しくない。サテンやビロードや絹であつらえた靴を履いたりしている。ここは、19世紀末までのミイラしか無いという。だからミイラの着ている物も何となく昔の映画に出てくるような感じのものが多かった。
 地下墓地は異様に広いのであるが、通路は狭く肩がさわってしまうんじゃないかと思うほど所狭しとミイラがひしめいていてにぎやかだ。時折道順を示す矢印がある。
 たぶんこれがなければミイラの中をぐるぐる回ってしまうかも。

 カタコンベの中は乾燥しており、臭いはほとんどしなかった。時折、白骨化したものもあった。おお、よく見ればミイラはみんな痩せている。イタリア人の年寄りはおデブが多いのだが、ミイラになるとスリムになるのだなぁ。変なところで感動したりする私。

 ちょっと空いている壁に寄り掛かって一休み。この人達も以前は私達と同じように生きていたのだと思うと不思議な感じがした。好きな人のことを考えて泣いたり笑ったりしていたのだ。どんな性格の人だったのだろう、友達は多かったのかなぁ。目の前のミイラを見ながら思いを巡らす。あまり怖いとか気味悪いという気持ちは起こらなかった。よくよく見ると朽ち果てて体がねじれているのもあるぞ。・・・「うっ・・・」私は壁から体を離した。

 ちょっと待ってよ!・・・寄りかかっていた壁を見上げるとやっぱりフックがあるじゃない。そうなんだ、わかった。ミイラだって朽ち果てるので立てなくなったものが横たわるのだ。と言うことは時々展示替えがあるのだ。私が寄りかかっていた壁は今までミイラが掛けてあって、たぶん又ミイラがかけられるのだ。さすがにちょっと・・・まゆみも・・・冷や汗・・・。
でも本当に誰もいない。一人か2人観光客があっても良いと思うのだが・・・。
「あれ?」夫の姿がない。
「ちょっと・・・、あれぇ、いない。」足音も聞こえない。
 夫はとうの昔にカタコンベから脱出していた模様。

 8000体のミイラの中に・・・まゆみ・・・独りぼっちとなる。

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